鷹のぼせの独り言

外科系医療者で3児の父親です。ご覧のとおりの“鷹のぼせ”です。医療、教育、書評、そしてホークスについて熱く語ります。

もう「お医者様はいらっしゃいませんか?」を聞くことはないのだろうか?

JAL DOCTOR登録制度の開始

日本航空JAL)は、飛行機内で急病人が発生した時に、乗り合わせた医師が迅速に応急処置を開始出来るように、JAL DOCTOR登録制度を始めることになりました。これは日本医師会が発行する医師資格証とJALマイレージカードの両方を持っている医師を対象とし、搭乗前にJALホームページより登録すれば、機内で急病人が発生した時にCAより直接診療要請を受けるというシステムです。こうすれば「お医者様はいらっしゃいませんか?」というアナウンスは不要になり、急病人のプライバシーを守ることが出来るとともに、他の乗客へ無用な心配をかけず、かつ現場の混乱(こういう時は必ず野次馬が出てくる)を防ぐことが可能になります。その結果として、機内での迅速な救急医療が開始出来ると目論んでいます。さらにJALは診療要請に応じた医療従事者の賠償責任を担保する保険にも加入したようです。こうすれば診療に応じた医師を守ることが可能です。

 

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このシステムが十分に機能すれば、「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」というアナウンスを聞くことは本当になくなるのでしょうか?

僕が機内で急患対応した経験は、以前このブログにも記載していました。まさにグッドタイミング!

 

keittaey.hatenablog.com

 

はたしてどれぐらいの医師が登録するだろうか?

この登録制度はあくまで医師の任意なので、全く登録がない便のほうがむしろ多いのではないかと思います。勿論、救命体験が豊富であり熱いハートを持った医師は登録するでしょう。しかしその絶対数は少ないと思います。

ではなぜ医師は登録しようとしないのか、僕なりに理由を考えて見ました。

 

理由その1

発生する急病は様々であり、医師の専門性が細分化されている今日では、医師があらゆる急患に対応できるとは思えない。バリバリの救命救急医であれば登録する医師もいるだろうが、その他の医師はきっとためらうと思う。

 

理由その2

JALのホームページでは機内に搭載している医療機器・医薬品を公表しています。そこには自動体外式除細動器AED)や、気管内挿管セット、点滴セット、昇圧剤、降圧剤、強心剤、気管支拡張剤やステロイド剤などが準備されています。ですので一時的な応急処置は何とか可能です。これらをきちんと公表したJALには拍手を送りたいと思います。
しかし、器具がそろっていても飛行中の機内で気管内挿管がスムーズに出来る医師がどれだけいるか? そんなに多くはないと思います。
機内は狭い、暗い、揺れる。そんな環境で色々な処置が出来る医師はやっぱり限られている。

 

理由その3

医師には応召義務があり、「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければこれを拒んではならない」との規定があります。しかしこれはあくまで日常の診療行為範囲での話であって、「航空機内の乗客に過ぎない医師」に応召義務は生じない、と日本医師会も見解を出しています。

だからこそ、医師会は事前登録というアイデアを出したのではないかと思います。しかし登録した医師が突発的な急患全てに対応出来るとは限らないし、限られた空間・道具・薬剤、その他の医療スタッフ不在の状況の中で、十分な医療が出来るかというと疑問が残ります。もし、急病人が残念な転帰に終わった場合、訴訟になった時のことも考えて航空会社は賠償責任保険に加入したと考えられます。不十分な環境下で手を挙げてくれた医師を守るための措置なのでしょう。

 

結論として

以上の状況を考えると、このシステムに登録する医師は極めて少なく、その結果として急病人が発生した時に「お医者様はいらっしゃいませんか?」というアナウンスはなくならないのではないか、というのが僕の結論です。とはいうものの、実際システムが運用されて、僕の予想が見事に外れて欲しいと思います。

でも実際問題として、急病人が発生して「お医者様は‥」とアナウンスがあれば、手を挙げる医療関係者はきっと少なくないと思います。僕が体験した時のように、色んな科の医師や看護師が集まって即席の医療チームを結成し、「ああでもない、こうでもない」と言いながら、限られたスペースと道具の中でみんなで知恵を絞って患者を助けるのが、医療者の美徳だと信じているから。

 

以上、keittaey 鷹のぼせでした。