鷹のぼせの独り言

外科系医療者で3児の父親です。ご覧のとおりの“鷹のぼせ”です。医療、教育、書評、そしてホークスについて熱く語ります。

メンターが知らんぷりしたら部下は立つ瀬ないでしょ?

オーベン−ウンテンの関係

若手医師の教育の場では必ず上級医が指導につきます。上級医は、ドイツ語の oben 「上に」より由来して「オーベン」と呼ばれます。研修医など指導を受ける医師は、同じくドイツ語の「下位」を表す untenより「ウンテン」と呼びます。日本では大・小という観点から研修医のことを「コベン」と言ったりしますが、これは俗語です。私が研修を受けた頃の大学医局では、オーベン−ウンテンは寝食をともにするほどの密接な間柄で、患者の診察、薬・注射の処方から検査、治療方針の決定、手術、術後管理など全ての診療行為をペアで取り組んでいました。いわゆる徒弟制度ですので、各人の都合で行動することが出来ない制約があり、またウンテンの成長はオーベンの力量にかかっている側面がありました。勿論相性が合う・合わないと言った性格的な問題もあり、途中でペアを解消し他の上級医に変更されることもありました。しかし善くも悪くも若い時に濃密な人間関係を体験することは決してマイナスとなることはなく、オーベンの指導通りに伸びていけばよし、逆にオーベンを反面教師として成長することもあるわけで、決して悪い制度ではなかったはずです。

 

2014年、某医療研究センター病院で腰部脊柱管狭窄症の70代女性に痛ましい医療事故が生じました。脊髄造影検査で使用禁忌である造影剤ウログラフィンを使用したために、検査後に意識障害、痙攣が生じその結果死亡されました。病院長は「レジデント(後期研修医)である担当医が本来イソビストという造影剤を用いるところ、誤って禁忌薬を使用した」と報告しています。また声明によれば

本件事故の主な原因は、担当医の造影剤に対する知識が不足し、脊髄造影検査には禁忌であるウログラフィンを誤使用したためでした。(中略)指導医が検査に立ち会うことが必要であったと考えられました。

 

はぁ? 脊髄造影など患者に侵襲が加わる処置、検査を行う際にはオーベンが立会い、指導のもとに実施する必要があります。一緒に出来ないのであれば、他の上級医に立ち会ってもらうなど、せめて見守ってあげる姿勢が必要です。脊髄造影検査時のウログラフィン誤使用による医療事故は過去にも報告されており、注意喚起はこれまでにも行われてきました。脳神経外科専門医試験の問題に採りあげられたこともあります。脊髄造影を実施する際にどの造影剤を用いるかは必ず確認しなければならないチェックポイントです。レジデントは指導医(主治医)からの指示で検査を実施したのですが、指導医は事前にチェックポイントを確認していたのか、疑問が残ります。このケースはオーベン−ウンテンの連携が十分でなかったと言わざるを得ません。

 

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メンターの社会的責任

オーベン制度は、現代用語で言えばメンター制度にあたります。メンターとは、仕事上(または人生)の指導者、助言者の意味です。メンター制度は、企業において新入社員などの精神的サポートをするための専任者をもうける制度のことで、日本におけるOJT(On-the-Job training)制度が元になっています。メンターは、キャリア形成をはじめ生活上のさまざまな悩み相談を受けながら、部下や後輩の教育・育成にあたります。

部下の指導は必ずしも容易ではありません。指導をするためには、メンター自身が改めて勉強しなおし準備する必要があります。部下の失敗についてはメンターがフォローしなければなりません。メンターにはそれだけの社会的責任があるのです。しかしその責任を認識して行動することが、メンター自身の成長にも繋がります。今回紹介した例は、残念ながらレジデントをスケープゴートにしてしまいました。メンターや上層部がフォローを怠ると、部下の立つ瀬はありません。メンターはどんなときも部下に手を差し伸べて導く姿勢が必要です。

 

以上、鷹のぼせの独り言でした。