読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

鷹のぼせの独り言

外科系医療者で3児の父親です。ご覧のとおりの“鷹のぼせ”です。医療、教育、書評、そしてホークスについて熱く語ります。

機内で診療要請があった時に医師は何を考えているのか

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか?」

かれこれ10年ほど前に、休暇で海外に向かう国際線の機内でアナウンスがありました。食事の後で適度のアルコールも入っており、うたた寝状態でしたが、このアナウンスで飛び起きました。

私の数席後方で、小学生低学年の女の子がひきつけ、いわゆる痙攣発作を起こしていました。その子のご両親に伺うと、もともと軽度の精神運動発達遅滞があり、時々痙攣発作を生じていたとのことでしたが、この1年間は発作がなかったとのことでした。てんかんのようでしたが、抗てんかん剤の内服はしていなかった、とのことです。痙攣発作は続いていましたが、視診・触診での脈拍や呼吸状態は落ち着いており、口唇チアノーゼも出現していませんでした。

アナウンスを聞きつけて数名の医療者が集まってきました。聞くと、麻酔科医、一般外科医、整形外科医、その他ICU勤務している看護師を含め、総勢10名ぐらいだったでしょうか。リゾート行きの機内だったので、みんな結構チャラい格好をしていて、「あんた、本当に医者?」と思うような先生もいましたが、私も人のことは言えません。そんなチャラい軍団が、1人の有病者を前に真剣に医療を開始しました。

CAが持ってきた機内備え付けの医療バッグをチラ見しましたが、ラクトリンゲル500mlや気管内チューブは準備してありました。麻酔科の医師が、「ルート取りましょうか?」と言ってくれたんですが、発作は落ち着きつつあり、必ずしも点滴が必要な状況ではなさそうです。なんとラッキーなことに、妻が娘の薬の中になぜか痙攣予防の座薬を機内に持ち込んでくれていたため、その後機内で再発しないようにその子に使うこととしました(ナイス、妻!)。その後、痙攣発作は止まり、何とか落ちついたため、即席の医療チームは解散となりました。その時、看護師さん達が「何か人手が必要だったら、何でもおっしゃってください」と言ってくれたのが、非常にありがたく嬉しかったことを覚えています。その後CAから、その病気についていろいろと一般的な質問を受けました。その後その航空会社からは記念品が送られてきました。本当はグレードアップか、マイル加算がよかったのですが… まあ、いいでしょう。

 

f:id:keittaey:20160206013103j:plain

 

飛行機内で急病者が発生した時に医師は…

飛行機内で急病者が発生した時に、今回のようにうまくいくこともありますが、最近のニュースで不幸な事態に至った例も報道されています。

航空機内で邦人男性死亡 日本発ホノルル行き - 47NEWS(よんななニュース)

この時の機内の状態は一体どうだったのでしょうか? 

ただし「医師はいませんか?」との診療の要請があっても、全ての医療関係者が手を挙げるわけではありません。ただし医師法第19条では以下のように定められています。

 

診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。

 また「休診日であっても、急患に対する応召義務を解除されるものではない」と記してあります。しかしこれは「診療に従事する医師」のことであり、休暇中の医師の診療を必ずしも義務付けたものではない、と解釈することも出来ます。タビトラさんのブログでは公共交通機関で要請に応じない理由について述べてあり、医療者側の考えも十分に理解できます。

 

「お客様の中にお医者さまはいらっしゃいませんか」で手を上げない医者の理由 - tabitoraのブログ

 

よきサマリア人法は医療者を守ってくれる?

この話題で必ず取りざたされるのがよきサマリア人の話です。善意によって医療処置を行ったはいいが、求められるような結果が得られなかった時に過失を問われないか、というのが医療者側の不安です。アメリカやカナダでは Good Samaritan law(よきサマリア人法)という法律が制定されており、故意やそれに準ずるような重度の過失がない限り、医師の責任を問うことはできないと明記されています。とはいえ、タビトラさんのブログにもあるように、海外では無罪になったものの訴訟になったケースは報告されています。裁判にかかる労力、時間、精神的負担を考えると、よきサマリア人法がたとえ日本で導入されたとしても、必ずしも医療者側の身を守ってくれるとは限らないようです。

 

現実的な問題として…

 ここで日本医師会の見解を示してみましょう。

http://www.med.or.jp/doctor/member/kiso/d10.html

 

「医師も専門分化が甚だしく、自分が救急の専門家ではない場合、実際には役に立たない可能性がある」と堂々と記載されていますが、これが現実だと思います。テレビに登場するような「神の手」を持つ外科医や治療医であっても、飛行機内で発生した救急患者への対応が全て出来るわけではありません。現在の医療は高度に専門化し、周辺機器も発達しているため、飛行機のような空間内ではできることが限られています。私は気管内挿管は出来ますが、果たして飛行機内の特殊な空間で限られた器具しかない環境の中で出来るか? と問われれば返答出来ません。ドクターヘリで出動しているフライトドクターの友人に聞いても、初めて出動して屋外で点滴を取るときには手が震えていた、と言っています。

 

では応召義務についてはどうでしょうか? 日本医師会の見解では、「航空機内の乗客に過ぎない医師」に応召義務は発生しないようです。しかしこれはあくまで一方から見た法解釈の問題なので、実際に訴訟になった場合に論点になる可能性は十分にあるでしょう。機内で診療要請があった場合、狸寝入りしていても法的に責められるものではないようです。しかし道義的には手を差し伸べるべきだと思います。たとえ力になれなくとも。

 

航空会社としては、機内で救急患者が発生し診療要請した件数と、医師が要請に応じた件数、さらに患者の転帰を調査していると思いますが、そこからフィードバックして機内で診療を行う際に必要な医療器具・器械を備え付けておくなどの投資は必要だと思います。勿論医療・安全についての顧問もいることでしょうから、検討しているのだと思います。しかしそのような情報はホームページを見ても分からない。超音波エコーなどはどんどん小型しており、携帯可能になっています。勿論高度な医療器具を使いこなせる医師が搭乗していて、かつ要請に応じれば役に立つ… という話ですが…

 

以上、鷹のぼせの独り言でした。